うつ病克服体験記

うつ病になるってどういう事?実際の克服するまでの体験談

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これは僕が28歳から30歳にかけて体験したうつ病の辛さを綴ったものです。誰にも相談できず、一人で悩みを抱え、その果てに心と体を壊しました。

今は無事安静を取り戻して社会復帰を果たすことができたものの、そこに至るまでにはとてもつらい道程がありました。それらを一つ一つ詳らかに述べたいと思います。

30歳の男性がうつ病になってしまったきっかけ、そしてそこから克服していった体験を語っていただきました。

 

1人生の行き詰まりを感じて・・・

突然の解雇

 

その当時の僕はいたって普通の人間でした。仕事に精を出し、恋もそれなりに順調で、平凡ながらもそれなりに充実した毎日を過ごしていたのです。
忙しい日常ではありましたが、振り返ってみれば本当に楽しい日々でした。

ですが、勤めていた会社の業績不振が深刻化し、その煽りでリストラの憂き目にあったのがうつ病への前段階だったのかもしれません。いきなり仕事を失うのは収入減を絶たれることであり、明日からの生活に保証がないのも同然です。

何とかして次の仕事を見つけようと東奔西走しましたが結果は伴わず、少なくない貯金を切り崩して暮らす日々に転じました。

こうなると心に余裕が無くなり始めます。心配してくれた彼女にもまともに向き合う気力すら失いつつあり、やがては自然消滅という結果になりました。

僕は仕事も恋も一度に失い、先の見通しも立たず、人生の行き詰まりの中にいたのです。

薄れゆく気力

それでも現状を何とかしようという意気込みはかろうじて残っていました。今頑張らなければもっと悲惨な状況に陥ってしまうという危機感も残っていたのでしょう。自分なりに仕事探しを頑張ってみました。
しかしどれだけ頑張っても結果がついてこないのです。自分に対してやるせなさと憤りを感じました。

「なんでこんなに努力してるのにうまくいかないんだ」

「もしかして頑張るだけ無駄なんじゃないか」

「努力しても実らないのなら始めから何もしない方が楽なんじゃないか」

こんな考えがいつしか頭にこびりつく様になってしまったのです。
こうなるとやる気が徐々に薄れていき、あらゆる物事への情熱が嘘みたいに消え失せてしまいました。

何をやっても充実感が伴わない

充実感がない

 

いつしか仕事探しもどうでもよくなってしまいました。「どうせ面接受けてもまた落とされるんだろ」という考えが念頭にあり、新たな職を得ることなどどうでもいいとさえ思うようになってしまったのです。

それに伴って趣味に対する情熱もピタリと止みました。その当時の僕はピアノが好きで、どんなに時間がなくても最低30分は鍵盤に向きあっていたのですが、それに対して心が向かなくなってしまいました。譜面を見るのさえ面倒くさいと思うほどだったのです。

それ以外でも充実感を得ることが無くなりました。本を読んでもテレビ番組を見ても、何一つとして面白くないのです。心に何も響かないのです。

友人からの誘いも断り続けました。自分が無職だからという負い目もあったのは確かですが、それ以上に他人との関わりさえ鬱陶しいと思うようになってしまいました。

ただ布団の上に寝そべる日々

状況はさらなる悪化をたどりました。日常生活のリズムが狂い、不規則で不健康な生活へと陥ってしまったのです。

顔を洗うのも歯を磨くのも面倒になり、入浴すらしなくなりました。ひげも髪の毛も伸びるにまかせ、見苦しい外見へと変わっていったのです。驚いたことに、その姿を鏡で見ても何も感じない自分がいました。

さらに食事をとる回数も減りました。米を研ぐのも食器を洗うのも何もかもが面倒でやる気が出ないのです。働いていた時は特に苦とも思わなかったことすら手を付けなくなりました。

その当時の僕の日常は、「ただ布団の上に寝そべる日々」以外の何物でもなかったのです。

 

変調をきたす

そんな不健康の生活が続くにつれて、僕の体は変調をきたすようになりました。

まずは抜けがが異常に増えましたね。おそらくストレスによるものだと思います。

それに加えて体中に吹き出物が沢山出来ました。通常のニキビ大のものからゴルフボールくらいの大きさのものまで様々です。中には膿があふれて出血を伴うケースすらあったのですが、それすらもどうでも良いと思っている自分がいました。

そして極めつけは幻聴です。聞こえるはずのない声が聞こえるのです。現実の音と脳内の幻聴の区別などつかなくなっていました。

転機 救ってくれた両親

そんなさんざんな状況を救ってくれたのは両親でした。実家との連絡すら絶っていた僕のもとに、心配した両親が駆けつけてくれたのです。

変わり果てた僕を見て母は泣いていました。父も面を背けて涙ぐんでいました。

ですが、父も母も僕を責めるようなことは何一つ口にしませんでした。ただ「辛かっただろう。ゆっくり療養しよう」と言ってくれたのです。

ここで僕の目から涙が溢れました。感情も充実感も無くしていた僕は久方ぶりに大泣きしたのです。父母の優しさに包まれているようでした。

「自分を大切に思ってくれている両親がいる限り、ここで人生を投げ捨てるわけにはいかない」と、この時初めて強く思ったのです。

 

その後

その後僕は実家に戻り、畑仕事を手伝いながら少しずつ自分と向き合いました。実った作物や周囲の山川、時折目にする小動物などに心を癒されていたのか、徐々に考え方が前向きなものに変わっていきました。

専門機関のメディカルケアも受け、精神安定剤も服用し、ゆっくりとではありましたが心も平静を取り戻すことができました。今はもちろん日々の生活も安定しています。

色々なことに躓いた僕でしたが、最後の最後に頼れる両親がいたことが再起のキッカケだったのかもしれません。父と母には感謝しても足りないくらいです。

失った時間こそありましたが、それを振り返ることはもうしません。

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